我が家の家訓、「自立する」ということ。

ちきりんさんのブログの最近のエントリについて、自分も全く同じ意見なので共有します。

2013-12-26

精神的に親から自立して、物理的、そして経済的にも自立すること。この一歩を踏み出したとき、人はようやく「自分の頭」で考えられるようになる。
心の底で「イザというときには、親が助けてくれるだろう」と思っている人は、結局は「イザというときには、会社が助けてくれるだろう」、「イザというときには、国が助けてくれるだろう」って考えます。
「何かの時には誰かが助けてくれる」という発想から逃れられない。助けてくれるのが、ママから会社に変わるだけ。
大きな決断をするときに「こんなコトをしたら、親はなんて思うだろう?」と不安になる人は、同じように大きな判断をするとき、「こんなことしたら、みんなにどう思われるだろう?」、「こんなことしたら、世間はどう思うだろう?」と不安に思う。
親から自立できていなかったら、会社からも世間からも自立できない。一人の人間として立っていけないんです。

あのエリアのマンションを買いたいけど自分の収入じゃ無理だからパパに頭金を出してもらおう、あの外車が欲しいけど自分の収入じゃ無理だからママに払ってもらおう、あの有名私立幼稚園に子どもを入れたいけど自分の収入じゃ毎月の学費が払えないからママにお願いしよう、ハワイの豪華ホテルにステイしたいけど自分の収入じゃ無理だから旅費をママにおねだりしてみよう、ベビーシッターを雇う稼ぎがないから自分達の都合が悪い時はママに育児を丸投げしよう...etc...etc....。
ちきりんさんは、見かけは大人だけれども中身はママから自立できない子どものような30代、40代があまりにも多いことを憂いて年末にこのような警鐘をならされたのでしょう。
そして私が思うにもっとも恐ろしいことは、そういう自立できない親の背中を見て育った子どもはやはり自立できない子どもに育ってしまうであろうことです。

そして、このちきりんさんのエントリを見て、妊娠中に決めた我が家の教育方針をふと思い出しました。私自身とても好きな言葉です。

子どもや弟子には、魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教えなさい。
人に魚を与えれば一日食べさせることができる。しかし、魚の釣り方を教えれば一生食べさせることができる。

これは老子の言葉ですが、私が妊娠発覚直後に重症悪阻で苦しんでいた時に参加した社外研修でもらった手帳の最初のページに書かれていた言葉です。
この言葉には非常に衝撃を受け、時期が時期だったので、なにか神様からの啓示を受けたような気分になり、将来産まれてくる子どもへの教育指針にすることに決めました。
そして、このコンセプトは、私自身が両親から受けた教育そのものでもあります。
経済的にも精神的にも自立し、思うような人生を自らの力で歩んでいける教育を授けてくれたことに、両親には本当に感謝していますし、まさに同様の教育方針で夫を育ててくれた彼の両親にも本当に感謝しています。私たちは、それぞれの両親から、人生でかけがえのない宝物を授かりました。
そして、自分の子どもに対しても、将来このように自立し、思い思いの人生を歩んでいく力を身につけさせることができたとき、私たちの育児は大成功したと言うことができると思っています。

さて、大掃除も終わり、これより新潟にある夫の実家に帰省します。
ムスコの雪遊び専用ジャンプスーツも入手したので思いっきり雪遊びをさせてあげたいです。
また私自身も新年を迎える前に気分一新ロングからショートに髪をばっさりやりました。なんか溜め込む女からばっさり切り捨てる女に変身した気分です。

さて、昨年から約1年間放置していたこのブログを再開するきっかけを与えてくださった文芸春秋のT様、そして、たびたび訪れてくださり更新を楽しみにしてくださっている、私と同じような状況の子育てママの皆様のお陰で、私自身、日常の思考の記録を短時間で短くまとめる練習をさせていただいております。これは得難い経験であり、私の財産となっていくことと思います。
また、私自身お陰様で今年復職し、試行錯誤の中なんとか育児と家庭生活と仕事がうまく回り始めてきておりますので、来年にでも、またノウハウ等を共有させて頂ければと思います。

皆様よい年をお迎えください。